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大阪地方裁判所 平成元年(ワ)9140号 判決

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実及び理由

第一  申立

(原告)

一  被告は、原告に対し、金一〇一五万円及びこれに対する昭和五九年六月一日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は、被告の負担とする。との判決並びに仮執行の宣言

第二  事案の概要

本件は、商品取引員である被告会社の従業員の勧誘で、輸入大豆の先物取引で損失を蒙った原告が、被告に、損失は被告会社の従業員の不法行為によるものであるとして損害賠償を請求している事案である。当裁判所は、被告の消滅時効の抗弁について理由があると判断し、原告の請求を棄却した。

(争いのない事実)

一  原告は、昭和二三年六月二八日生まれで、本件商品先物取引があった昭和五八年一二月から翌五九年五月当時、奈良ミノルタ精工株式会社に勤務し係長の地位にあった。被告は、大阪穀物取引所の商品取引員である。

二  原告は、被告会社従業員から勧誘を受けるまで先物取引の経験はなかったところ、昭和五八年一二月初め被告会社大阪支店営業主任田縄和久から大阪穀物取引所の輸入大豆の先物取引を勧められ、その後、右田縄、同じく被告会社の従業員である同支店営業課長平山清明、営業課長高野耕作、営業部長加藤正治が取引を担当して、昭和五八年一二月六日から同五九年五月中頃まで輸入大豆の先物取引を行った。

取引の明細は、被告会社の委託者別先物取引勘定元帳(乙第九号証の一ないし六)によれば、別紙「売買一覧表」のとおりで、取引のあった場節、限月を簡易化し、建玉を仕切った関係を図示すると原告作成の「取引経過一覧表」(線で結んである建玉は、先の注文を日付の後の注文で転売あるいは買戻して取引を清算したことを示している。)のとおりである。

従って、本件取引が終了したのは昭和五九年五月一七日、最終の清算がなされたのが同月二二日であるところ、本訴の提起は、この取引終了後約五年半経過した平成元年一一月九日である。

三  原告は、被告会社に次のとおり委託証拠金として合計九二八万円を現実に支払い、現実に交付を受けた売買差益金は合計二〇万円であると主張しているところ、被告は委託者別委託証拠金現在高帳(乙第一〇号証の一ないし四)に基づき、委託証拠金授受の関係は別紙「委託証拠金受払一覧表」記載のとおりと主張している。

支払年月日       金額

昭和五八年一二月六日 七〇万円

同年同月一三日 二八〇万円

同年同月二三日 四万円

同年同月二七日 七〇万円

昭和五九年一月一二日 五〇四万円

三  本件取引に関し、被告会社に委託者別先物取引勘定元帳(乙第九号証の一ないし六)委託者別委託証拠金現在高帳(乙第一〇号証の一ないし四)及び原告からの注文を受けた際に作成した注文伝票(乙第二〇号証の一ないし四八)、被告が原告に各取引が行われる都度送付した「委託売付・買付報告書及び計算書(乙第一一号証の一ないし二四)・毎月末に送付した残高照合通知書(乙第一五号証の一ないし五、乙第一七号証)の控及び右照合書に対する原告からの回答書(乙第一六号証の一ないし四、同第一八号証)、被告が原告に交付した委託証拠金預り書(乙第一二号証の一ないし一三)、売買益金の受領等について被告が原告から徴した受領書(乙第一三号証の一ないし八)、領収書(乙第一四号証の一ないし四)が残されており、これらから本件取引の内容が明らかになったものである。

第三  主張

(原告)

[請求原因]

一 原告の損失は、被告会社の従業員の不法行為によるもので、原告は本訴の提起を弁護士に委任し、弁護士費用としては損害額の約一割に相当する額を支払う旨約した。

そこで、原告は、被告に対して、不法行為の損害賠償として一〇一五万円とこれに対する不法行為の後である昭和五九年六月一日から完済に至るまで民事法定の年五分の割合の遅延損害金の支払を求める。

二 本件取引の経過、被告会社従業員の行為の違法性に関する主張等不法行為が成立することについての詳細は、別紙「双方の主張」記載のとおりである。

[抗弁に対する反論]

一 原告訴訟代理人は、原告から平成元年七月頃、原告から本件取引について相談され、被告会社に本件取引の委託者別勘定元帳か売付買付報告書のいずれかの提出を求めたところ拒否された。

原告代理人は、被告会社が本件取引の内容を明らかにしないことは違法行為が行われたと判断したが、このような判断をした平成元年八月頃を本件損害賠償請求権の短期消滅時効の起算点とすべきである。

本訴は時効期間経過前である平成元年一一月九日に提起されており、被告の消滅時効の抗弁は理由がない。

二 すなわち、原告は、平成元年七月頃、新聞記事で、先物取引業者が顧客に対して違法行為を行ったとして損害賠償を命じる判決があったことを知り、自分も騙されたのではないかとの疑いを感じ、原告代理人に相談したが、原告において取引内容を把握していなかったので、代理人としては違法行為がなされていたのかどうか判断できなかった。

そこで、被告会社本社に連絡し、平成元年八月二一日に取締役管理部長加藤修治に面談し、本件取引についての委託者別勘定元帳か売付買付報告書のいずれかの提出を求めたところ、検討するとのことであったが、その後拒否された。代理人は、このような被告会社の態度から本件取引につき違法行為が行われたと判断したのである。

三 三年の短期消滅時効の起算点は、被害者である原告が本件取引による損害が不法行為による損害であることを知った日でなければならないところ、商品取引による損害は、通常、相場による損害であるから、取引によって損害を受けたというのみではこれが不法行為による損害であるとの認識には至らず、取引の全体を把握し、商品取引員の受託業務に関する取引所指示事項等の商品取引員に禁止されている行為についてある程度の知識を有するものが取引経過を分析してはじめて不法行為があったとの認識に達するものである。損害を受けた委託者から商品取引員に対して必ずしも損害賠償請求が行われないのもこのような事情からである。

本件における三年の短期消滅時効の起算点は、右のような商品取引における不法行為の認識の困難さを考慮してなされるべきで、商品取引員の客殺しのテクニックが高度であればあるほど不法行為による損害であるとの認識の困難さは増すので、このような考慮は不可欠である。

本件取引において、取引終了時に、原告は本件商品取引による損害が不法行為に基づくものであることを認識していなかったし、そのような認識をすることも期待することも不可能であった。よって、本件での短期消滅時効の起算点は、被告会社が原告代理人に前記書類の提供を拒否した平成元年八月頃とするべきである。

(被告)

[請求原因に対する反論]

取引経過、被告の責任についての原告の主張に対する被告の反論は別紙「双方の主張」記載のとおりである。

[抗弁]

一 本件取引は、昭和五八年一二月六日から同五九年五月一七日まで継続的に行われ、同月二二日に本件取引による売買差損及び委託手数料はすべて清算されているところ、原告の主張・供述は、被告会社の担当者から執拗に勧誘されて先物取引について正しい説明を受けないまま取引を開始し、取引によって生じた利益についても渡されることなく受領書を書かされて証拠金として預けさせられて売買を継続させられ、昭和五九年二月二二、二三日頃には原告に連絡なく取引がなされ、最終的には損害を被ったというのである。

二 そうだとすると、原告は、本件取引が終了し損害額が確定した時点で、損害の発生、被告会社の担当者らが業務執行の際に原告に加えた損害、加害者の使用者責任等に関するすべての事情を覚知していたことになる。なお、被告が原告代理人から要求のあった委託者別勘定元帳を交付しなかったのも、取引が終了してから五年三月も経過してからの要求だったからである。

そうすると、遅くとも本件取引の清算が終了した昭和五九年五月二二日から損害賠償請求の消滅時効は進行し、三年を経過した昭和六二年五月二二日の経過をもって消滅時効が完成したことになるので、被告は、本訴第一五回口頭弁論期日(平成四年七月一五日)に消滅時効を援用した。よって、原告の本訴請求は理由がない。

(争点)

被告の不法行為の成否並びにこれが成立した場合の原告の損害及び被告の消滅時効の抗弁が争点である。

第四  当裁判所の判断

一  本件取引経過を要約すると、原告はこれまでまったく先物取引の経験がなかったのに、被告会社従業員の勧誘により商品先物取引をしたことによって半年弱程の間に九二〇万円余を失ったこと、この損害は別紙取引経過一覧表から明らかなように昭和五八年一二月二二日、二三日の合計七二枚の買玉(別紙取引経過一覧表の5、6、7)を建てたところ価格が下がり、昭和五九年一月七日の両建(同表8の売玉)をしたことにあり、二月一日以降は専らこの損失を補うために次々と建玉、仕切の取引がなされたもので、追証が必要であったのに被告がこれを求めなかったのもこのことに起因するといってよい。

二  ところで、商品先物取引が極めて投機性の強い取引で、短期間に多額の利益を得る可能性がある反面、思惑がはずれての多額の損失を蒙る危険があること、その取引の制度上、一般投資者は商品取引員に取引の依頼をせざるを得ないことから各種規定内部基準が設けられていることからすると、これら諸規定、諸基準は単に内部的な規範というにはとどまらず、個々の取引においてこれら規定等を遵守せず、そのことが社会的妥当性を欠く場合は、取引員において注意義務を違反したものとして不法行為が成立すると考えられる。そして、新規委託保護管理規則は、新規委託者による先物取引について、新規委託者の保護育成を図り受託業務の適正な運営を確保するために、売買取引開始日から三か月間の新規委託者保護育成期間を設定し、その間の建玉枚数を二〇枚以内に制限するとともに、新規委託者の保護管理を行うために、新規委託者から右制限枚数を越える建玉の要請があった場合には、責任者が右建玉が妥当であるか否かについて調査し、建玉調書の作成を要すると定めており、被告会社においても同旨の社内規制を制定していることは自認しているのであり、また、指示事項において両建は禁じているのである。

(甲第三号証の受託業務指導基準及び別表参照)

被告は、新規委託者である原告からの原則以上の建玉の申入れにつき統括責任者の審査がなされて許可があったもので妥当であったし、両建についても同様であったと主張し、証人加藤正治も同旨の供述をするが、原告は、田縄の勧誘によって今回始めて商品取引をするのであり、被告会社担当者からの強力な勧誘がないかぎり大きな取引をするはずがないところ、取引を始めた二回目である昭和五八年一二月九日に四〇枚の買玉が建てられているのであり、しかも、この取引は当初原告に先物商品取引を勧誘した田縄ではなく、上司である平山が担当してなされ(乙第二〇号証の二の買付注文伝票)ているのである。

確かに別紙取引経過一覧表のとおり、その後値下がりしてこの買玉は一二月二二日に仕切られ利益を生じている。しかし、この利益をもって同日四九枚及び一〇枚の買玉が建てられ、この時点で買玉合計を七二枚と取引を拡大させたことが一月七日の両建をするに至った原因となっているのである。

前記のとおり、その後の取引は両建の解消のためのものといって過言ではなく、二月中旬の一〇〇枚を越える取引、同日の反対売買等もすべてこの損失をすこしでも解消するためのもので、結局、取引をしてから二回目になされた四〇枚の売玉が、今回の損害の起点となっているといってよいのである。

三  原告は、本件各取引について、その本人尋問あるいは陳述書(甲第五号証)において、本訴で主張しているところとほぼ同旨の供述をしているが、被告からの「委託売付・買付報告書及び計算書(乙第一一号証の一ないし二四)等の送付状況に鑑み、被告が無断で取引をしたとは認められず、原告は各取引を了承していたと認められるが、右のような経過からすると被告会社の担当者指示のままに売買をしていたといって過言でない。

被告においても社内規則で新規受託者保護育成の規定と同旨の規定を設けているところ、本件にあってもこれを遵守しておれば、原告の損害はほとんどなかったのである。従って、右のとおりこの規定・基準をまったく無視し、さらに損失が生じるや両建をすすめて損害を拡大させた平山、加藤らの行為並びにその後の取引経過からすると、同訴外人らの原告に対する建玉の勧誘は全体としてこれを観察すると違法であった可能性が極めて大きく、不法行為が成立するのではないかと認めざるを得ないのである。

四  しかし、本訴の提起は、取引が終了し最終清算がなされてから五年半近くも経過してからであり、原告の損害は九〇〇万円を上回り、さらに原告の供述からすると、本件取引期間中、原告は苦情相談所に架電しているというのであり、取引に関する書類は原告の許に送付されていて、原告において専門家に相談する機会は充分あったことはもちろん、自分でなんらかの調査をする機会もあったのである。

確かに、原告の主張するように商品先物取引による不法行為の成否は専門的判断を要するであろうが、右のとおりその機会は充分にあったのに、原告は平成元年七月頃になって新聞記事を見てはじめて被告に違法があったのではないかと考えるようになったというのである。

右のような経過からすると、被告が関係書類の交付を拒絶したので原告代理人において不法行為があったと判断し、その時が消滅時効の起算点となるとの原告の主張は採用できないところで、取引終了後五年半を経過してからの訴えの提起という事情に鑑み、本件にあってはいずれにしろ消滅時効が完成しており、被告の援用により原告の損害賠償請求権は理由がなくなったと判断せざるを得ない。

五  右の次第で、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

大阪地方裁判所第一九民事部

(裁判官岡部崇明)

別紙売買一覧表〈省略〉

別紙委託証拠金受払一覧表〈省略〉

別紙取引経過一覧表〈省略〉

別表〈省略〉

双方の主張

(原告)

一 本件取引の経過

[被告の責任]

原・被告間の取引を原告作成の別紙取引経過一覧表に基づいて説明すると、次のとおりである。

1 昭和五八年一一月末頃、勤務中の原告に、被告会社大阪支店営業主任田縄和久が「そちらに伺いたい。」と架電してきて、原告が断ったにもかかわらず「ほんのすこしだけで結構です。昼休みは何時までですか。」と尋ねて、強引に原告の勤務先で会う約束を取付け、一二月一日に勤務先に原告を訪れてきた。

田縄は、原告に新聞を見せて、被告会社は先物取引の会社で新聞にでているようにあやふやな会社ではないと説明したうえ、「大豆が高騰しているので、短期間でかなり儲かる。」と輸入大豆の先物取引を熱心に勧め、原告が「トラクターを購入したので資金がない。」と断ると、「一週間で利益が出てすぐ返せる。」と言って大豆の購入を迫り、「契約だけでもしてくれませんか。契約をしたからといって取引をする必要はありませんから。」とねばった。原告は一応考えておくということで帰って貰った。

田縄は、翌日原告に、もう一度話を聞いて貰いたいと架電してきて、同月三日、勤務中の原告の許に押しかけて、グラフを示すなどして「輸入大豆はこれから必ず上がります。」といって取引を勧め、売買による差損益金の計算方法、委託手数料の額、輸入大豆一枚につき七万円の委託証拠金が必要であること、損金が委託証拠金の半額に達すると追証が必要であること等及び相場の状況について説明し、被告の方で追証の入れるような状態にしないからと取引を勧めた。原告が承知しないでいると、「では契約だけしておいて下さい。契約をしても取引をする必要はありませんから。」と熱心に勧めたので、原告は断り切れず承諾書(乙第五号証)に署名、捺印した。

この時、原告は、商品取引委託のしおり(乙第一号証)、受託契約準則(乙第四号証)を受け取ったが特に説明を受けなかったし、商品取引ガイドの交付は受けなかった。

2 同月五日に被告会社大阪支店営業課長高野耕作が勤務中の原告に架電してきて、「大豆の値段が上がって来たので一〇枚ほど買いませんか。」と勧めたので、原告は一〇枚買うことを承諾し、翌六日に原告は勤務先に訪れて来た田縄に委託証拠金七〇万円を交付し、別紙取引経過一覧表番号1の取引が行われた。

3 同月九日、高野が在宅中の原告に架電してきて、「今値段が上がっているので四〇枚追加したらどうですか、一週間で返せますから。」と勧め、別紙取引経過一覧表番号2の取引が行われ、同月一三日に原告は勤務先で、被告会社大阪支店営業課長平山清明に委託証拠金二八〇万円を渡した。

4 同月二二日に高野が在宅中の原告に架電してきて、「大豆の値段が上がってきた。」といって五〇枚を仕切り、益金を委託証拠金にして枚数をふやすことを勧め、別紙取引経過一覧表番号3、4の取引が行われた。

5 同月二三日に別紙取引経過一覧表番号5ないし7の取引がなされたが、同表3の一〇枚の取引の益金二〇万円と5の取引の四〇枚の益金六〇万円について、被告は原告に交付することなく受領書を書かせた、原告は平山に委託証拠金の四万円を渡し、さらに原告は同月二七日に委託証拠金七〇万円を交付した。

6 昭和五九年一月七日、高野は原告の勤務先に架電して、値段が下がってきたとして両建を勧め、「保険と同じであるから損をすることはないが、五〇四万円が必要である、今日取引をしておきます。」といって別紙取引経過一覧表番号8の取引が行われ、原告は一月一二日に名阪自動車道の福住インターを降りたところで、平山に委託証拠金として五〇四万円を交付した。

7 二月一日、高野が仕事中の原告に架電して「中国産の大豆が輸入されるので値が下がることは間違いない。買玉を一度に処分すると多額の損金が生じ、支払って貰わなければならないのですこしづつ処分し、生じた損金を売玉を処分した益金で埋めていきましょう。」と勧め、別紙取引経過一覧表番号9ないし12の取引がおこなわれ、同日午後五時頃、平山が原告の勤務先附近の道路に駐車した自動車内で「売りを一三七枚建て、委託証拠金は益金から回し、益金の残り四万五〇〇〇円を持参した。」と言って四万五〇〇〇円と三〇一万円の各受領書を書かせ、四万五〇〇〇円を交付したので原告は受取った。

8 高野からの「売玉に利益が出ているので仕切って買玉の損金に充当しよう。」との勧誘により、二月八日に別紙取引経過一覧表番号13ないし15の取引、同月九日に同表16ないし18の取引、同月九日に同表19ないし21の取引、同月一三日に同表22の取引が行われた。

9 同月一四日午前中に、高野が原告の勤務先に電話で売玉を建てるよう勧誘してきて、別紙取引経過一覧表番号23の取引が行われたが、同日午後になって「相場の見込違いだった。」と連絡してきて、別紙取引経過一覧表番号24の取引が行われた。

同じことが同月一七日にもなされ、午前中に別紙取引経過一覧表番号25、26の売玉が建てられ、午後には同表番号27、28の取引が行われた。

10 同月一八日に高野が原告の勤務先に「買玉を建てましょう。」と連絡してきて、同日別紙取引経過一覧表番号29の取引が行われた。

11 原告に連絡のないまま同月二二日に別紙取引経過一覧表番号30、31の取引が行われ、同月二三日に、高野から原告の勤務先に連絡があり、「こちらの判断で、昨日、買玉一四二枚を仕切り、売玉一三七枚を建てたが、相場の読み違いだったので、本日売玉を仕切ったものの損が出ましたが、急遽、一三七枚の売玉を九三枚の買玉に切り替えたので、損は必ず取り返します。」と連絡してきた。原告が勝手なことをして貰っては困ると抗議したが、高野は「損は必ずとりかえします」と繰り返すばかりで、原告が計算したら三四三万円余の損害となっていた。

12 同月二四日に高野から、「見込違いなので、一二月二三日に建てた買玉の内一〇枚と、二月二三日に建てた買玉の内五三枚を仕切っておきました。損がでました。」との連絡があって、別紙取引経過一覧表番号34ないし36の取引がなされた。原告が「このままではお金がなくなってしまうのではないか。」と尋ねたら、同人は「十分取り返せますよ」と答えたが、計算すると損害が三二五万円になっていた。原告は西部商品取引苦情相談所に電話したが、相談にのって貰えなかった。

13 三月七日に高野は、同じく「二月二三日に建てた買玉の内二〇枚を仕切っておきました。損が出ました」といってきて、別紙取引経過一覧表番号37、38の取引がなされた。

原告は、「ここまできたら取り返せないでしょう。」と言ったら、高野は「まだまだ十分取り返せます。」と答えた。

三月一九日に同じく「二月二三日に建てた売玉の二〇枚を仕切っておきました。」と連絡してきて、別紙取引経過一覧表番号39の取引がなされた。

14 三月二六日に、高野から原告の勤務先に電話で、「一二月二三日に建てた買玉一〇枚が残っており、仕切ると損が出るが、損金に充てる証拠金が残っているから。」と仕切ることを勧め、別紙取引経過一覧表番号40番の取引がなされた。

15 三月二七日に高野から原告の勤務先に電話で、「売玉を建てておきました。」との連絡があり、別紙取引経過一覧表番号41番の取引がなされた。

16 四月一三日に高野から原告の勤務先に電話があり、売玉を仕切って、買玉に切り替えるよう勧め、別紙取引経過一覧表番号42ないし45の取引が行われ、同日午後五時頃勤務先附近の路上の自動車内で、平山から原告は「益金七万円の内六万五〇〇〇円は証拠金に回した。」といって五〇〇〇円の交付を受け、七万円の受領書を作成させられた。

17 四月二四日、高野から原告の勤務先に電話で、「下がるような気配だから、買玉を仕切って売玉を建てましょう。」との勧めがあり、別紙取引経過一覧表番号46、47の取引が行われた。

18 四月二七日、高野から原告の勤務先に電話で「売玉を仕切って買玉を建てたが見込違いだったのでまた買玉を仕切って、売玉を建てておきました。」と連絡してきて、別紙取引経過一覧表番号48ないし53の取引が行われた。

同日午後五時頃、勤務先附近の路上の自動車内で、平山から原告は「二四日の益金が一五万円、二七日の益金が五一万円になるが、証拠金に七三万円を振替えたので、三万円を持参した。」といわれて、受領書を作成させられた。三万円の受領書の作成日付は昭和五九年一二月二四日になっているが訂正されたもので、作成は昭和五九年四月二七日である。

19 五月一七日に高野から在宅中の原告に電話で、「このままでは損が大きくなるから」と手仕舞の勧めがあり、別紙取引経過一覧表番号54、55の取引が行われた。

20 五月二二日に、営業部長の加藤から一二万円の交付を受け、受領書を作成したが、その際、「損をかけて悪かった。」と言われた。

二 商品取引における委託契約上の注意義務

1 先物取引は高度且つ複雑な仕組と他に類を見ないほど高い損失発生の危険性があるという特殊性から、商品取引員は先物取引の一般委託者に対して高度の注意義務が課せられており、この注意義務には不適格者排除の義務、先物取引の危険性・仕組等を充分説明し理解させる義務が含まれている。

商品取引法やこれを受けた各種規則に定められた禁止事項は、このような商品取引員の高度の注意義務を具体的に例示したもので、各法規及びその具体的内容は次のとおりである。

(一) 商品取引法(以下「法」という。)

(二) 商品取引所施行規則(以下「規則」という。)

(三) 商品取引所の定款

法に基づき、各地公認取引所の設立に際して定められるもので、内容は各取引所ともほとんど同一である。以下「定款」という。

(四) 受託契約規則

法一〇、一三、一五、九六条等により定めるべきものとされ、各取引所において同一のものが定められている。以下「準則」という。

(五) 指示事項

受託業務に関し、紛議多発を受け主務省の指導の下、全国商品取引所連合会が昭和四八年四月、禁止すべき行為として指示した事項。後に二項目追加され一四項目となった。これに抵触した商品取引員、登録外務員に対しては取引所が制裁を課すことになっている。

(六) 協定事項

主務省の指導及び右指示事項をうけて、全国商品取引所連合会が定めたもの。

(七) 新規委託者保護管理規則

昭和五三年、主務省の指導の下、全国商品取引員大会において、①新規取引不適格者参入防止協定 ②新規委託者保護管理協定 ③新規委託者管理改善特別措置基準を内容とする受託業務の改善に関する協定書が定められたが、この協定書を受けて定められた規則である。

(八) 海外商品先物市場における先物取引の受託等に関する法律(昭和五八年一月施行、以下「海外規制法」という。)

右各法規によって禁止、規制されている行為は別表のとおりである。

2 全国商品取引連合会は、取引員・外務員に対する規制を遵守した適切な受託業務が遂行されるよう右規制を集大成した「受託業務指導基準」(甲第二、同三号証)を作成しているところ、委託者保護に関して同規準はその概要を説明しているが、本件に関連する部分を整理・要約すると次のとおりである。

(一) 顧客管理

(1) 勧誘に当たっての注意事項として、

無差別電話勧誘

委託者の選択

見込客の訪問制限

投機性の説明等

(2) 売買に当たっての禁止事項

無意味な反復売買

過当な売買取引の要求

不当な増建玉

両建玉(同時両建、因果玉放置、常時両建)

(二) 新規委託者の保護育成

顧客カードの整備

新規顧客について予め所要の調査を行い、状況を把握する。

受託枚数の管理基準

新規委託者からの売買取引の受託に当たっては、原則として建玉枚数が二〇枚を越えないこと。

新規委託者から二〇枚を越える建玉の要請があった場合には、新規委託者保護管理規則の趣旨を充分に説明したうえで、売買枚数の管理規準にしたがって適格に審査し、過大とならないように適正に数量の売買取引にとどめること。

3 商品取引法の条文を受けた委託者保護の定款・受託契約準則その他の取引所指示事項は、商品取引員に資格を付与するについて重要な事項であって、単なる業界内に内部的な拘束力を有するものではない。

「受託業務指導基準」は、このような定款、受託契約準則その他の取引所指示事項、協定事項を集大成し、取引員に対して細かく業務のあり方を指示したもので、商品取引業界の規範として顧客(委託者)との間の注意義務の具体的内容となっていると考えるべきで、商品取引員がこれに違反すれば不法行為を構成することになる。

三 本件取引の違法

本件取引において、被告会社従業員には次のような右「受託業務指導基準」等に反した違法行為があり、よって、被告は、原告の損害につき使用者責任による賠償責任がある。

1 無差別電話勧誘

指示事項一項によって無差別電話勧誘は禁止され、「受託業務指導基準」には社会通念上相手方の迷惑となるような電話は禁止されている旨記載されているところ、田縄は担当地域が奈良県であることから、被告会社に備えてあった奈良県の高校の卒業名簿から選んだ人物に一日に五〇件から一〇〇件位電話をし、その中で面会の強要を断り切れなかった原告と面会するに至ったもので、このような行為は無差別電話勧誘に該当する。

2 投機性の説明の欠如

田縄は、昭和五九年一二月一日と三日に極く短い時間で、輸入大豆の先物取引の説明をしただけで原告に承諾書に署名押印をさせているが、この程度では先物取引の仕組・危険性を理解させるのは不可能である。特に、一週間ほどで利益が出るとか、追証が必要になることはまずなく被告の方で追証を入れるような事態にしないといって、追証についてほとんど説明をしていないか、誤解させるような説明をして原告に投機的要素の少ない取引であると錯覚させるような勧誘をした。

これは先物取引の危険性を隠蔽するもので、投機性の説明の欠如に該当する。

3 新規委託者保護管理規則違反

被告は、原告に新規委託者保護管理規則を説明していないし、原告に関する調査はいい加減で、原告の資産、収入について正確に把握しようとしなかった。

すなわち、原告について作成された顧客カードの資産、収入欄に銀行預金が三〇〇万円、年収が五〇〇万円と記載されているが、すべて推測で記載されたもので、その後、建玉を二〇枚を越えて増やすために作成された原則以上の取引についての建玉調書も同様で、被告会社の建玉調書作成の審査は、審査時間がほとんどなく、実質的にはなんの審査もなしに原告に過大の建玉を建てさせることを認めたものであって、規則に違反している。

このようないい加減な調査で、昭和五八年一二月九日に五〇枚、同月二二日に六〇枚、同月二三日に八〇枚、昭和五九年一月七日に一五〇枚、同年二月一日に一九〇枚の各建玉枚数が、建玉調書において適正と判断されたのである。別紙取引経過一覧表番号12の取引は、番号9ないし11の取引で生じた益金三〇五万五〇〇〇円を益金を追証にまわしてもまだ委託証拠金が不足していたのに追証にまわさず、委託証拠金に振替えて建玉枚数を一八七枚に増加させ追証を発生させている。このような状態の取引を行わせることからも、被告従業員に新規委託者保護管理規則を遵守する意思はまったくなかったことは明らかである。

4 証拠金規定違反

追証が掛った際には翌日の正午までに追証拠金を徴収しなければならないとの証拠金規定があるが、原告が計算したところでは、二月は二・三・八・一八・二三・二四・二九日、三月は一日から一七日まで継続して、五月は一一・一五・一六日に追証が掛かっていたが、右規定に従って原告が追証を徴収されたことはない。

被告から原告に追証拠金請求書が送付されたが、担当者は「気にしないでそのまま置いておいてくれ。」と言って、証拠金規定を無視し、追証の持つ警報的機能を無意味なものにした。

追証が掛かったのは、被告が原告に過大で無理な取引をさせたためで、そのことを原告に気付かれないために、被告は原告に追証を請求しなかったのであって、極めて悪質である。

5 不当手数料稼ぎ

被告に支払った手数料は一一四三万円で、原告の損害は基本的には手数料によって生じたものといってよいが、それは次のような不当な取引による手数料である。

(一) 両建

高野は、一月六日と七日に原告に両建てを勧めているが、両建はそもそも新規委託者に進めるものではなく、さらに隔月違いの両建であるから必ずしも損失が防げるものではなく、説明は不十分であった。

その後、昭和五九年二月一日まで五月限の買玉七二枚と六月限の売玉七二枚の両建を続けさせ、二月一日以降三月一九日までほぼ全期間に渡って限月違いの両建を常時続けさせ、次に述べる無意味な反復売買、途転とを組合わせて手数料を取得している。また、高野は、相場が下げ基調にあることを認識しながら昭和五八年一二月二三日に建てた四九枚の買玉を放置し、翌五九年三月二六日になってようやく仕切っており、いわゆる常時両建で、因果玉の放置をしたものである。

(二) 無意味な反復売買

高野は、昭和五九年二月一日相場は下がっていく方向にあると認識しながら、原告に売玉を仕切らせ、買玉の一部を仕切っただけで五〇枚を残し、さらに同日の次の場節で売玉を一三七枚も建てさせているが、この段階で損害を回復する方法はあったにもかかわらず、このような過大な建玉を建てさせて原告をますます資金不足にさせ、その後も建玉を増加させようとした高野の行為が不当であることは明らかである。

その後も同様で、二月一八日以降の売買は途転(既建玉を仕切ると同時に新たに反対の建玉を繰り返す)等無意味な反復売買を重ね多額の手数料を取得している。

6 利乗せ満玉

本件取引において、売買益金のほとんど全額を委託証拠金に振替えているが、受託業務指導基準によれば、利益金をもって、増建玉を強要したり、証拠金と帳尻金の振替えが過度にわたることは禁止されている。

このような利乗せ満玉を継続すれば取引枚数が増えて被告会社に売買手数料は入るが、原告側は相場が動けば追証を入れることができず、たちまち取引終了に追込まれることになる。

7 一任売買、無断売買

二月二二、二三日の取引は無断売買で、そのほかの取引はすべて一任売買である。本件取引は高野を初めとする被告会社の従業員が遂行した取引といってもよく、原告に損害を与える取引を意図的に行ったものである。

(被告)

[反論]

一 本件各売買は、いずれも原告の指示に基づいて行われ、各売買が成立する都度、準則第五条により、被告会社担当者から原告に委託売付・買付報告書及び計算書(乙第一一号証の一ないし二四)を送付して報告しており、そして同条には、委託者(原告)は、この通知を受けた場合において、異議がある場合は、遅滞なく商品取引員(被告会社)に申出なければならない旨規定されており、右報告書にもその旨の記載があるところ、取引期間中、原告から異議の申出はなく、原告はこの書面により、自己の注文による取引をその都度知悉しながら取引を継続したものである。

二 本件取引はすべて原告の意思と責任において行われ、昭和五九年五月一七日に建玉の最終決済をし、その結果生じた帳尻差損金二六一万円について、同月二二日に原告が被告会社に預託していた委託証拠金二七三万円を右損金の支払に充当し、原告は残金一二万円の支払を受け、本件取引における債権債務のすべてについて清算を完了したのである。

三 契約締結に際し、担当者は、原告に、「商品取引委託のしおり」と題する書面の説明・交付、商品取引が投機取引で投下資本以上の損失を生じることがある旨をわかり易く解説した「商品取引ガイド」と題するパンフレットの交付、「受託契約準則」の説明・交付をしたうえ、新規顧客が商品先物取引を始めるにあたり特に注意すべき事項について管理部が作成した録音テープ(アンサホン)を原告に聞いて貰った。

四 本件取引期間中、被告は、原告に、準則第二四条に定められた定期残高照合書を送付して所定の事項を通知しており、原告から通知の内容に相違がない旨の回答書を得ており、このほかにも被告は折にふれ取引内容の確認を原告に求めている。

証拠金を預る際には、被告はその都度、委託証拠金預り証を原告に交付し、証拠金を返還する際や帳尻益金を出金(証拠金に振替える場合も含む。)した際には、その都度、原告から受領書を徴している。

五 原告は、被告会社担当者の法規違反あるいは「受託業務指導基準」に定められた事項に違反したことをもって被告の不法行為と主張するが、取引所指示事項や受託業務指導基準は、本来、取引所がその所属取引員に対して行う指導監査のために策定されたもので、この違反が委託者との関係で不法行為を構成するものではない。

被告は、新規委託者保護管理協定に基づき新規委託者保護管理規則(社内規則)を制定し、新規委託者の適格性について審査規準により商品取引不適格者を定め、新たに取引を開始した委託者に三か月間の保護育成期間(習熟期間)を定めているが、これは商品取引員の社会的な地位の向上と業界の発展を指向し、自らの手で纏め上げた自主的措置であって法規範性を有するものではなく、従って、社会通念上妥当な範囲を著しく逸脱しない限り違法性の問題は生じない。

六 受託枚数の管理基準についての対応については、担当上司の加藤正治部長を経て、支店の責任者である穐原勝美支店長に伝え、支店長はその都度原告が建玉枚数を増加する理由やそれに伴う資金状況について確認し、それらを勘案して受託枚数の適否を判断したのであって、受託枚数についての原告の非難は当たらない。

被告において、原告から準則八条三項のとおりの追証拠金の預託を受けなかった場合があるが、追証拠金が必要となった場合、商品取引員は準則一三条に基づき顧客の建玉の一部あるいは全部を顧客の注文によらず決済することができるが、商品取引員に処分の義務を負わせるものではない。従って、個別の取引において委託者の要望をいれて暫時入証拠金を待つことは実務上しばしば行われており、そのようなことがあったからといって商品取引員と委託者との間の契約法律関係に影響を及ぼすものではない。

両建も一時的に損失額を固定し、その後の相場の変動に対処する方法であって、未熟な委託者に対して勧める方法ではないとの原告の見解は誤っている。

被告が無意味な反復売買、途転をしたとの主張も、相場においてその売買が無意味なものかどうかは予測できないのであるから、結果から論じる原告の主張は失当で、利乗せについても同様である。

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